京都「いいBARに出会いなさい」

京都河原町「Bar 文久」

ある日の夜10時を回った頃。
市役所前から河原町通を3分ほど歩いて下がり、姉小路通を東に入ると街の中心部なのに辺りはシンと静まり返っています。Google Mapsを頼りに道を進むと、「Bar 文久」の文字が書かれ、小さく光る看板を見つけました。暗い海で灯台の明かりを見つけたかのようにホッと、一抹の緊張。深呼吸して足を踏み入れ、大きく「文久」と書かれた暖簾をくぐると、細長い通路が続いています。足音を立てないよう、気づかないうちに忍び足になっていました。仄暗い店内に入ると、店主の藤田修作さんとスタッフのマキさんがにこやかに迎えてくださいました。

静かな光で照らされる黒を基調とした店内は、モダンながらも蔵のような和を感じます。店内の中央にはズシンと置かれた、大きな木製テーブルがひとつ。テーブルのまわりに丸い椅子が並んでいて、一番奥の席に修作さんが座っておられました。4人もお客さんが座ったらいっぱいになってしまいそうな、こじんまりとした店内です。この日、お客さんは私だけで折角なのでバーカウンターに立つマキさんの、ちょうど向かいの席(テーブルカウンターのちょうど真ん中の席)に座りました。マキさんの背後の壁には小さな壺が掛けてあり、そこにお花がちょこんと生けられていて、可愛いポイント。修作さんが店主をつとめる、河原町三条で江戸時代から続く「花政」のお花です。

私たちから向かって左にはお酒の瓶と季節のフルーツが並べられ、西洋の静物画みたいでウットリ。右にはお盆に入った無数のおちょこが並んでいます。一つひとつじっくり手に取りたくなります。マキさんの趣味か、修作さんの趣味か、気になるところ。

部屋の四方を取り囲む壁の、石のような質感やテーブルの曲線、奥のキッチンへつながるところのアーチも相まって、どこか洞窟のよう。光にまみれた町中で、夜の暗さを忘れない空間がここにありました。壁に飾られた2枚の絵を眺めながら、この隠れ家のような場所で過ごす時間はどんな感じだろうとドキドキ感が高まります。

実はお腹が減っていた私。隠し味にコーヒーを使ったカレーライス、一湖房(いっこうぼう/滋賀県長浜にある鴨ロースの名店) のえび豆、ベーコンとほうれん草のキッシュをいただきました。

1杯目のお酒は「カレーに合わせて」と、季の美(きのび)のジントニック。ロゼワインの桃色と炭酸の泡が涼しげでひと口飲むと、ジンとワインの苦味、炭酸が絡み合う大人っぽい味わいでした。すっきりとした口当たりが、 濃厚なカレーライスにぴったり!ちなみにマキさんのカレーライス、えび豆と一緒にいただくと意外な組み合わせですがとってもおいしかったです。

2杯目は小夏のフレッシュフルーツカクテル。マキさん曰く「フレッシュフルーツカクテルは、季節のフルーツを最も美味しくいただく方法」。目の前で太陽のような黄色い小夏が絞られ、目にもみずみずしい。グラスの底に沈んだアプリコットジャムを少しずつ混ぜながらいただきました。その後、赤メロンのフレッシュフルーツカクテルも試飲させていただきました。こちらは小夏とは打って変わって、きめ細やかな泡のクリーミーな口当たりがたまりません。グラスもカトラリーも器も、手に取るものすべてが可愛くてドキドキします。

Bar文久の魅力的だと感じたことが、マキさんと会話している内に何のお酒にするか決まるところ。メニューはなく、今の気分や好きな味、気になるフルーツを伝えると「じゃあ、これにしようか」と次のお酒が決まっていきます。型にとらわれずにお酒のアレンジをするのがマキさんのスタイルです。この即興感が好きでした。決まったメニューから選ぶとなると優柔不断で時間がかかってしまう私なので、対話の中の”気になる”をたぐり寄せ、私とマキさんとの間にみるみるうちにアイデアが編まれていくのが新鮮かつときめく体験でした。そういったメニューの決め方であるのに加え、用意されているお酒や季節ごとの旬なフルーツも変わっていくので、対話の結果目の前に出てくるのは、その時にしかめぐり会えないお酒というわけです。よりいっそう、この小さなグラスに注がれた綺麗な色の一杯に対して愛着が湧きます。最後の一滴まで大切に飲み干しました。名残惜しさもありながら、次に来たときにはどんなお酒と出会えるだろうかと楽しみにしている自分もいます。

修作さんとマキさんとお話ししながら、教えていただいたことの中から少し。

Bar文久はおよそ20年ほど前、花政の5代目店主である藤田修作さんの書斎兼趣味のBARとして生まれました。お酒が好きな修作さんは、昔からBARを営んでみたかったのだそう。花政が文久元年に創業したため、「文久」と名付けられました。

 

マキさんはBar文久のスタッフとしては3代目となる方で、昼間は京都のあるお寺で働いていらっしゃいます。マキさんは、次から次へと私の知らない話を教えてくださいました。特に京都の歴史や場所、人に詳しく、気になったことを掘り下げて訊いてみると、物語を紡ぐように話してくださいます。

 

寡黙な修作さんの代わりに「修作さんは本当に人を大切にする人。だから誰からも愛される」「修作さんの世界、修作ワールドには色んな文化、色んな人との出会いがあって楽しい。お昼はお寺で一人だからBarでこうやって人が来るっていうのが楽しい‼︎」と話すマキさん。短い時間でしたがお二人の人柄や教養の深さがひしひしと伝わってきて、お二人がとても眩しかったです。私も文化的な大人になりたい。

ひとしきりお二人とお話ししたあと「文久に来るのは久しぶりだ」という広島からのお客さんがいらっしゃいました。ニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝さんのお墓がある街からいらっしゃったそうです。文久は、こうやってさまざまな場所から人が集まる交差点なのだと実感します。

マキさんがおっしゃっていたとおり、Bar文久は”文化的サロン”。文化継承に携わる様々な人が、修作さんに引き寄せられ、交流する場。

小山薫堂さんが京都館会議YouTube『京都でやってほしい10のこと』の「⑥良いBarに行きなさい」の中でお話しされていた「Barは街の人と出会って、その街の情報を得られる場所」という言葉をまさしく体現したBARでした!

今までBARに訪れた経験などほとんどなかったけれど、文久に訪れて、お酒を嗜みながら修作さんやマキさんとお話して、今日だけで随分と大人になったような気持ちがします。帰り際にいただいた文久オリジナルマッチ(最近復刻した特別なもの)と、甘酸っぱい気持ちを抱えて、帰路につきました。

Bar 文久

住所:〒604-8005 京都府京都市中京区姉小路通河原町東入恵比須町534
営業時間:20:00 ~ 0:00
定休日:月・水・金・日曜日
アクセス:京阪「三条駅」から徒歩7分ほど


京都「いいBARに出会いなさい」

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